A’s: 1968-2024 @OAK
現地2024年9月27日、オークランド・アスレチックスがホーム・フィールドでるオークランド・アラメダ・カウンティ・コロシアム(Oakland–Alameda County Coliseum)、通称「オークランド・コロシアム」で最後のゲームを行いました。
ラスベガス移転
オークランド・アスレチックスは2028年からラスベガスに移転します。下記のリンク記事はその承認が降りるまでの経緯を書いたもので、もうオーナー会議で承認済みです。
ラスベガスでは新スタジアムを建設するので、2028年からのフランチャイズ移転となりますが、2025年から2028年までをどうするか?ということも含めて話し合われていた頃の記事です。
2025年はサクラメント
結果としてアスレチックスは2025年から2027年までテンポラリーでサター・ヘルス・パーク(Sutter Health Park)をフランチャイズとして使用することに決まりました。サター・ヘルス・パークはカリフォルニア州サクラメントにあり、ジャイアンツの3A、サクラメント・リバー・キャッツの本拠地でもあります。
Sutter Health Park currently feels like any other minor-league ballpark. But renovations are underway to make the park feel and look more like an MLB venue as the A’s ready to spend at least three seasons in West Sacramento. https://t.co/PT3RzRiiAb
— San Francisco Chronicle (@sfchronicle) September 1, 2024
SFGマイナーとの併用
ではジャイアンツの3Aのリバー・キャッツはスタジアムを退くのか?と言えば、そのまま使い続けます。これはスケジュールの妙で、アスレチックスがロードゲームの時はリバー・キャッツが使用し、リバー・キャッツがロードゲームのときはアスレチックスがホーム・フィールドとして使用。
結果、スタジアムは3月からフル回転です。フル回転とは言ってもさすがにプロ、大学、高校野球が使用する神宮球場のようなフル回転ぶりではありませんが、イメージとしてはかつて後楽園球場を巨人と日ハムで併用していたような感じです。
そのような経緯があり、アスレチックスは2024シーズンの159試合目が最後のホームゲームとなっており、コロシアムでのファイナル・ゲームとなった理由です。
ファイナル・ゲームで勝利
そのファイナル・ゲームはテキサス・レンジャーズとの対戦でした。
アスレチックスはルーキー右腕のJ.T.ギン(J.T. Ginn)が先発。メジャー6試合目の先発でしたが、試合前のウォーミングアップでフィールドに出た瞬間、ただならぬ雰囲気を感じたのでした。
大観衆:46,889人
というのも今季のコロシアムの平均観衆は11,386人。これは均しているので1万人を超えていますが、最少は5月6日のレンジャーズ戦で2,895人。1万人以下が47試合もありました。オークランドを離れることが現実化する中、前年は行き過ぎたリビルドにより急激に弱体化し、50勝112敗と気の毒なくらいに大敗。ファンの足が遠のいておりました。
ところがこの日は球場に向かう途中からたくさんの車列があり、バッティング練習の時点で相当な観客が入っていたのでした。よって、いつも通りと思っていたルーキーが目をむいたのもうなづける状況でした。
A’s OBが集結
また、この日はアスレチックスのレジェンドであるリッキー・ヘンダーソン、デーブ・スチュワートがファースト・ピッチを行い、元エースのバリー・ジトが国歌斉唱を行いました。
そんなただならぬ雰囲気の中、ルーキーのJ.T.ギンはレンジャーズ打線を5.1イニングで被安打5、失点2(ER 2)、BB 2,SO 2で抑えて見事にゲームメイク。カートセイ監督の期待に応えました。
アスレチックスは3回裏にジェイコブ・ウィルソンのシングルを皮切りに2点を先取。さらに5回にもJ.J.ブルデイのタイムリーで1点を追加。6回表にはレンジャーズに2点を返されましたが、8回まで持ちこたえたアスレチックスは9回にメイソン・ミラーが登板。最後は103.5マイルの剛速球でゲームを締め、ファイナルゲームを3-2で勝利で締めくくりました。
この勝利でアスレチックスはコロシアムでのレギュラーシーズン記録を2,492勝2,000敗としました。
M・カートセイ監督「ただただ素晴らしかった」
”Let’s Go Oakland”の大合唱などファンの声援を耳にしたマーク・カートセイ監督は「ただただ素晴らしかった」と語りました。
「彼らには情熱があった。愛があった。オークランドという街を代表するユニフォームを着た私たち一人ひとりへの愛が感じられた」とも。
情熱があり過ぎて、”Sell the team”の合唱も起こったのは確かなのですが、裏を返せばそれだけ愛されていたということかもしれません。”Money Ball”でお馴染みの2002年の20連勝はファンにとっても忘れられない出来事だったかもしれません。
お読みいただき、ありがとうございました。
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